《労働ルールの豆知識》

見落としがちなテーマ、知っておきたいテーマなど取り上げてご紹介します。


【時間外労働と残業の違い 賃金支払にも影響のある話】

事業主の皆さん、時間外労働と残業の違いを自社の従業員に説明できますか。

世間では、どうも両者は混同して使われていることが多いようです。

 

例えば、A社:1日の労働時間7時間(9時~17時 昼休憩1時間)という会社があったとします。

 

《時間外労働と残業の違い》

労働基準法では、労働時間の上限を1日8時間・1週40時間まで、と定めています。

この、法で定められた上限の労働時間のことを「法定労働時間」といいます。

また、各事業所では、就業規則等によって法律の範囲内で独自に労働時間が定められています。

例えば、1日の労働時間が7時間と定められているA社などです。

このA社における1日の労働時間7時間のことを「所定労働時間」といいます。

 

このように、「法定労働時間」と「所定労働時間」とがありますが、

「時間外労働」というのは、法定労働時間を超えて労働させた時間のことであり、

「残業」とは、所定労働時間を超えて労働させた時間のことであります。

ですからA社において、19時までの1日9時間の労働をさせますと、「残業」は2時間ですが、「時間外労働」は1時間ということになるわけです。

このように、時間外労働と残業という用語の定義は明確に異なっています。

 

そうしますと、A社の例で、7時間の所定労働時間を1時間オーバーして18時までの8時間労働させた場合、その超えた1時間分については前述のとおり「残業」でありますが、「時間外労働」はナシということになります。この場合の残業を特に「法内残業」と呼んだりします。

 

そして、従業員にさせた労働が「時間外労働」であるか「法内残業」であるかによって、それぞれに対する賃金の支払義務に関して異なってきます。

 

《時間外労働の場合の賃金》

従業員にさせた労働が時間外労働の場合は、その時間に対する賃金を2割5分以上割増して支払わなければなりません。

つまり、前出のA社の例で1日9時間働かせましたら、法定労働時間である8時間を超えた1時間分については賃金を1.25倍以上にして支払わなければなりません。

これは皆さんご存知ですよね。

細かい計算方法などが法令で定められていますが、そこは割愛します。

 

《法内残業の場合の賃金》

さあ問題は法内残業させた時間の分の賃金です。

前出のA社で、従業員を18時までの1日8時間働かせた場合について、所定労働時間7時間を超える1時間の労働時間分の賃金は、どうなるでしょうか。

 

そりゃあ、割増にしなくていいんじゃないの。

1.25倍ではなく1倍の賃金を1時間分だけ追加で支払えば済むってことでしょ。

 

うーん・・・・、就業規則次第ってことですかね。

 

「所定労働時間を超えて労働させたときは・・・・割増して支払う」と、就業規則に定めてあれば、法律がどうであれ、労働者に有利な内容は有効となります。

この場合は「所定労働時間」を超えたら割増すると定めていますので、7時間を超えた分については割増して支払わなければなりません。

 

《法内残業の分 最低限の内容》

就業規則の定めに従わなければならないというのは、そのとおりなのですが、では、その定める内容について、先ほどのご意見のように、

「法内残業の分については1倍の賃金(通常の賃金)をその時間分を追加して支払う」

で良いのでしょうか。

つまり、A社の場合において1時間あたりの平均賃金が1千円だとしたら、残業代として1千円支払えばOKということなのか。

 

ここで安西愈先生の著書『採用から退職までの法律知識』(中央経済社)から抜粋した箇所を紹介します。

 

「所定労働時間を、例えば「1日7時間」と定めた場合にそれを超えて労働したとしても法定労働時間(1日8時間)を超えないと、1日当たりとしては法律上の時間外労働にはならず、割増賃金の支払いの必要もない。」

 

ここまでは良いですよね。

さあその後、

 

「また、法定労働時間に達するまでの「1時間」の労働についての通常の賃金に関しても、月給制の場合には月によって所定労働時間が大幅に異なり、例えば5月は1ヵ月120時間、7月は170時間といったように月によって50時間も異なる場合であるのに月額賃金は同じという不合理がある。

そこで、法内残業1時間分は月額賃金の中に含むとの定めをすれば有効で、別に1時間分の加算の必要はない。」

 

つまり、所定労働時間を超えて法定労働時間に達するまでの法内残業時間に対する賃金については、月給の中に含めると労使合意の上で定めることも有効である、ということです。

これは要するに、月給制の従業員の場合であれば、所定労働時間を超えて法定労働時間である1日8時間までの法内残業については、割増はもちろん1倍の賃金(通常の賃金)も支払不要ということです。

これは東京地裁平成10年判決「オーク事件」で明確にされています。

 

ですから就業規則には、「法内残業の時間分の賃金は月額賃金の中に含まれる」と定めてもOKでありまして、実は、残業代不要ということなのでした。

 

でも、スミマセン。

既に法内残業でも残業代を支払うと定めてある場合は、今さら変更するのは困難かと思います。

 

就業規則を不利益変更するためには諸条件を満たす必要があり高いハードルがあるからです。

また、労基法1条2項には、

「労働基準法で定める労働条件の基準は最低のものであるから、この基準を理由として労働条件を低下させてはならない」

とあります。

ですから、法律がそうなっているからという理由をもって労働条件を引き下げるという変更は、そもそもNGなのです。


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